エクステリア・外構工事担当
1964年 生まれ
岐阜県立岐南工業高等学校、建築科卒業後、レスキュー隊員の「オレンジ服」にあこがれ、 山県市消防本部に就職する。
「岐阜県消防学校」での7ヶ月間におよぶ厳しい教育、訓練に耐えたのち、消防士として配属される。
国民の生命、身体及び財産を守るべく、日々訓練に励む一方、多数の火災現場、救急、救助現場を経験し、
命の大切さ、尊さを身をもって学ぶ。
在職中は「救助技術全国大会出場」を目標に、勤務の日はもちろんの事、非番の日も5〜6kmのマラソンと
神社での階段駆け上がり訓練に明け暮れる日々がつづいた。
そのかいあって、自分のあこがれであった救助技術大会(レスキュー大会)に毎年出場でき、
「はしご登はん」の部では、岐阜県大会 「第2位」に入賞することも出来た。
全国大会出場はできなかったものの
東海大会には3回出場する事ができ、訓練は厳しかったが、とても充実した日々を送ることができた。
こうして、7年間の消防署での貴重な経験と、きびしい修行ののち、
平成1年、25歳で、土木工事を営む株式会社洞山工務店に入社。
と同時に、30歳までには、必要な資格を取得する
という目標を掲げた。
それからは、昼間は現場で仕事を覚え、夜は机に向かう日々が続いた。
が、しかし、昼間の肉体労働のあとの試験勉強はかなりきつく、毎日が睡魔との闘いだった。
平成1年、25歳 宅地建物取引主任者に 不合格
平成2年、26歳 宅地建物取引主任者に 不合格
同年、26歳 2級土木施工管理技士に 不合格
不合格がつづき、駄目だ、あきらめようと思ったこともあったが、
消防時代のあのきびしい訓練を思い出しては、「頑張らねば」と自分に言い聞かせた。
その甲斐あって平成3年、27歳 宅地建物取引主任者に合格
同年、27歳 2級土木施工管理技士に合格
同年、27歳 2級造園施工管理技士に合格
平成4年、28歳 1級土木施工管理技士に合格
同年、28歳 2級管施工管理技士に合格、
なんとか30歳までの目標だった資格を取得することができた。
この時、ありきたりだが、努力すれば必ずむくわれることを痛感した。
民間のお客様からの外構工事の受注が徐々に増えてきたのを期に、
エクステリアを自ら施工しながら学び、
平成12年からは、エクステリア、外構工事の担当として、
「人に、街に、地球に優しい環境エクステリア」をめざし、
お客様に快適で、豊かな生活を送っていただけるよう、日々努力を重ねています。
33才(平成9年)からピアノを習い始める。
毎年開催されるピアノ教室の発表会には、
子どもに交じって欠かさず参加。
今年で18年目。
平成25年6月2日、かねてからの夢であった
単独での「ピアノコンサート」を実現。
2回目の「単独コンサート」を目指し、
現在猛練習中。
習字が好きです。
習ったことはないけれど、たまに書いたりしています。
我流で好き勝手に書いてるとけっこう楽しいです。